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ソーシャルイノベーション概論
■ 「コミュニティ型教育プログラム」コア科目
■ 担当:金子郁容(政策・メディア研究科)

概要

 イノベーションとは、技術や組織など社会のさまざまな要素の新しい結合によって、それまでにない新しい考え方、組織運営のやり方、社会のあり方、などを生成することである。ある経営学者は「馬車をいくつつなげても汽車はできない」と表現したが、これは、アメリカ横断鉄道ができて、それまでの産業・流通・消費形態が20世紀になって一気に変化したインパクトを示唆したものである。ソーシャルイノベーションとは、特に、社会や組織のあり方を変える、社会・経済問題の解決法における新しい考え方や方法のことである。この分野でのイノベーションは、主に、「関係の変化」が生じ、それまで「弱い」「非生産的」だと思われていたものに社会的な意味や力が賦与されることによってもたらされる。リナックスに代表されるオープンソース・ソフトウェア開発は、ヒエラルキで管理されたチームによるしかないと思われていた基本ソフト開発が、ボランタリーなコミュニティによってスピーディに実施されうることを示した。禁煙希望者がインターネット上のメーリングリストで互いをサポートしながら世界でも類のない禁煙成功率を達成している禁煙マラソンでは、問題を抱えている当事者たちの持つ「弱さの強さ」が成功のパワーを提供している。世界中の個人を直接結びつけるインターネットの普及が「新しい結合」によるソーシャルイノベーションを生み出すのに適した環境を作り出しているのであるが、そればかりではない。たとえば、オルフェウスという指揮者のいないオーケストラが、独特のリハーサルシステムによって緊張感と相互信頼の中で世界的な評価を受けている類い稀な音楽を創っているなど、不特定多数によるシステムに代わって、「見渡せばみなが見える」範囲のコミュニティによって相互信頼を作り出す結・講・座などという日本の伝統的共同体の方法が見直されている。たとえば、24時間在宅医療支援システムであるライフケアシステムは、「最期は住み慣れた自分の家で過ごしたい」という、社会一般ではなかなか満たされないニーズを満たす質の高い医療を提供しているが、医療組織としては日本で珍しい会員組織であり、いわば、現代の講である。ソーシャルイノベーションは、ソーシャルベンチャ−と呼ばれる新しいビジネスアプローチによって生み出されているケースが増えている。ミッション性のある事業を立ち上げ、社会へ新しい提案をしつつ,経済的リターンと社会的リターンの両方を追求するものである。主にアメリカで盛んになっているが、日本でも、たとえば、通常のメジャーレーベルには乗らない特徴のある音楽家をデビューさせるために、ファンドというビジネスツールを使って、ファンのコミュニティを形成するという株式会社がスタートし、すでに多くの新しいミュージシャンを世に送り出しているなど、いろいろな試みが始まっている。SFCでは05年度より「ソーシャルイノベーション」という学部クラスターが設置されたが、本科目は、そのクラスターの基礎科目という位置づけで、ソーシャルイノベーションの基本を扱うものである。

主題と目標/授業の手法など

 世の中で「これはおかしい」と感じることがあった時、自らそんな状況を変えようという志をもち、普通なら「そんなことが仕事になるはずがない」と思われることを、冷静さと熱意とアイディアと工夫によって、事業として成立させている人たちが増えてきました。そんなひとりのストーリーを少しだけ紹介します。

 1991年のある日、ロザンヌ・ハガティは4歳の息子と一緒に、ニューヨークシティの43丁目と8番街の角にあるタイムズ・スクエア・ホテルの前を通りかかった。20世紀初めにできたこのホテルは、当時は、瀟酒なたたづまいで芸能人やジャーナリストの定宿だったが、いまではすっかりと荒れ果て、物騒なホームレスのシェルターになっている。息子の手を握りしめて、ロザンヌが、おそるおそる中に入ってみると、床にはゴミが散在し、悪臭が鼻を突き、虚ろな目をした老人が数人壁にもたれかかっていた。
 大学卒業後、ボランティアとしてホームレス支援をしていたロザンヌは、現場での体験を通して、従来の取組は「お札に火をともしているようなもの」と感じていた。おおくの善意や献身にも拘わらず、シェルターの多くは麻薬と犯罪の巣になっていた。もっとクリエイティブな方法が必要だ。
 「それなら、私がなんとかする」とロザンヌは、このホテルを買い上げ、しっかりとした支援プログラムをともなった新しいタイプの「居場所」を作ることを思い立った。大胆な、しかし、現実的な再建プランを立て、ニューヨーク市長を説得して、彼女の構想は実現した。彼女が創設したNPO「コモングラウンド・コミュニティ」は、その後、次つぎにニューヨークシティの真ん中にあるビルを改修してホームレス専用宿を作り、運営することになる。このNPO は現在、年間10億円程度の収益を上げている。

 このような社会の新しい動きは、実は、アメリカの有力大学が、この数年間で、こぞって学問の対象として取り上げいるもので、「ソーシャルアントレプレナーシップ」、「ソーシャルベンチャー」、ないし「ソーシャルイノベーション」と呼ばれています。日本語訳は「社会的起業」です。SFCでは05年度から学部に「ソーシャルイノベーション」というクラスターができました。本講義は、そのクラスターの基礎的位置づけを担うものです。
 社会起業とは何か、一言でいうと、「社会的なミッション(=使命感)をもち、経済的リターンと社会的リターンの両方を追求する継続的な活動で、従来のビジネス手法を積極的に採り入れるもの」です。社会的使命を果たしながら、利益も上げるなんてことができるのか。分野によって、また、ものの見方によって可能になる場合が少なくないということが、だんだん、分かってきています。
 たとえば、最近は銀行金利はごく低いので、自分が自由になるお金の一部は、大きな銀行に預けるより、信頼のおける組織を通じて、納得の行く活動をしている団体の支援に使ってもらいたいと考える人が出てきました。そのような人と地域活動を「つなぐ」の役割としては、大銀行より、むしろ、NPOやソーシャルベンチャーの方が信用されやすいという優位性をもっています。つまり、ソーシャルイノベーションは、社会に新しいつながりをつけてゆく事業なのです。となると、インターネットによって世界中の個人と個人が直接つながった現代に、ソーシャルベンチャーやソーシャルイノベーションが始動し出したということは、けして不思議ではないことになります。
 本講義では、情報の考え方、NPOを含む新しい組織論、経済システムの構成とインターネット時代のつながりなど、ソーシャルイノベーションの基本となる考え方を理論と事例によって学んでもらうことを目的としています。

教材・参考文献

必須金子郁容、「コミュニティソリューション」、岩波書店

参考渡辺奈々、「チェンジメーカー --- 社会起業家が世の中を変える」、日経BP
Bornstein, "How to change the world --- Social entrepreneurs and the power of new ideas," Oxford University Press, 2004

授業計画

第1回イントロダクション
始動する社会起業家たち

第2回重要な情報
重要な情報のありかと伝わり方。組織的な情報と自発的な情報。情報はひとりではいられない。ボランティアと社会起業。エコノミックリターンとソーシャルリターン。

第3回コミュニティビジネス
日本におけるコミュニティビジネス、事業型NPOの現状と課題。NPOの得意分野。情報の非対称性、福祉ビジネスになぜNPOが参入できるのか。NPOが市場シェアトップの有機農産物認証評価ビジネス。

第4回ゲストスピーカ−(日程は調整することあり)
コミュニティビジネスの実践家

第5回ボランタリー経済とコモンズ
経済システムの新しい考え方。コモンズ型の物事の動かし方。オープンソースプログラミング、伽藍とバザール、指揮者のいないオーケストラ。

第6回大きな政府と小さな政府
大きな政府と小さな政府論、政府の失敗、市場の失敗、NPOの存在意義、これまでの経済理論と新しい経済システムの考え方

第7回中間テスト(日程は調整することあり)

第8回グループワーク説明
ソーシャルイノベーションの実践例を調査する。課題とグループ分け

第9回ゲストスピーカ−(日程は調整することあり)
教育分野で新しい動きを作り出している起業家

第10回信用コストの考え方
取引コスト論、制度論、フォーマルな組織とインフォーマルな組織、ロール/ルール/ツール、日本の伝統的組織の方法::結・講・座

第11回ソーシャルキャピタル
ソーシャルキャピタルの考え方と事例。うまくゆくコミュニティとうまくゆかないコミュニティはどこが違うか。共同プロジェクトのメモリー。くりかえし囚人のジレンマゲーム。

第12回ソーシャルベンチャー支援
ソーシャルベンチャーの支援方法

第13回まとめ



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